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2019年 8月 下顎前突外科症例 -手術を併用した矯正治療-

こんにちは、暑さも厳しくなり、もうすぐ夏休みですね。
さて、皆さん、「夏休み」といえば?海?花火?それとも夏祭り?しかし、矯正歯科的に「夏休み」といえば「オペ」です。 ???・・・。もちろん一般の方には「?」だと思います。「オペ」というのは矯正治療の一環でおこなう外科手術のことです。
歯並びを治す矯正治療において、歯を動かしただけでは改善しきれない症例の場合、顎の骨の位置ごと動かす手術を併用して治療を行うことがあります。当然入院が必要になりますので、お仕事や学校を休みやすいお盆・夏休みに行う方が多いのです。
そんなわけで、今月は外科手術を併用した矯正治療についてご紹介したいと思います。

 「手術」というと、ほとんどの方が尻込みされます。「手術で切るくらいなら治療したくない!」といわれる方も少なくありません。 しかし、イメージだけでシャットアウトしてしまうのは早計です。みなさん矯正の手術についてどのくらいご存知なのでしょう?

まず、こうした外科手術を併用して治療する症例は顎変形症とよばれます。下顎前突だけでなく上顎前突や開咬、顎骨左右非対称など上下の顎そのもののアンバランスに原因がある不正咬合をいいます。矯正治療だけでは機能的・審美的な改善が困難な症例です。矯正歯科治療と外科手術を組み合わせて治療しますので、こういった治療を外科的矯正と呼びます。治療は、手術の前に歯並びを整える「術前矯正」、「手術(当院の場合は岡山大学病院口腔外科にて施術)」、咬み合わせの最終仕上げをおこなう「術後矯正」の三段階でおこないます。

当院では初診時の段階でも、手術の可能性のある方にはある程度手術についてのメリットやデメリットのお話をさせていただきます。手術をしないと治療できない方から、手術を併用する治療としないで治療する方法どちらでも可能な方もおられますが、手術についてお話させていただくと、どちらでも可能な方の場合でも、手術併用を選ばれる方が少なくありません。特に下顎前突の症例には非常に効果的な場合があるのです。
ではどのようなメリットがあるのでしょうか?もちろんデメリットもありますので、合わせてあげてみましょう。

メリット
・治療費が保険適応になる(入院費と矯正料金合わせても、通常の矯正料金の5~6割程度)
 (H16以降。所定の検査機器を備えた診療所で治療を行った場合。詳しくは保険治療と自費治療のページをご覧ください。)
・顔の輪郭や口元の改善が可能(手術はお口の内側から切開するのでお顔に傷が残ることはない)
・治療期間がやや早くなる場合がある。

<治療前>
<治療後>


デメリット
・2~3週間程度の入院が必要(骨が少し固まるまで口が開けられないのでチューブでの食事になるため)
・手術は全身麻酔下で行うため、麻酔に付随するリスクはある。
・術後しばらくはお口の周りに違和感があったり、開口訓練の必要がある。

さて、こういったメリット・デメリットを踏まえたうえで、どのように治療が進んでいくのか、手術の術式など治療の流れに沿って具体的にお話していきたいと思います。


1.インフォームド・コンセント
 まず、当院での検査を行い、あらゆる面から分析し治療プランを立てます。
この時点で症例によって手術をしないと治療できない方から、手術を併用する治療としないで治療する方法どちらでも可能な方もおられますので、場合によっては複数のプランを立て、それぞれの治療プランについて説明します。
患者さんや保護者の方と相談の上で、外科手術での治療になった場合、更に実際に手術を行う岡山大学病院口腔外科を受診していただき、手術の術式や日程、費用などの説明を受けます。本人と保護者の方に充分納得していただいたら治療開始です。

2.術前矯正
 これはもともとの歯並びがでこぼこだと手術で顎の位置を変えてもうまく咬み合わせることができず、術後の顎の位置が固定できないことや、顎の位置の移動量自体が決めにくかったりといった理由から、手術の前に術後の咬み合わせを想定しながらマルチブラケットシステムで歯並びを整えていきます。

   

3.手術の準備
 さて、実際に手術を行うためにいくつかの準備が必要です。下顎前突などで、下顎骨を切断する症例では、下顎の親知らずが骨を切る際に障害になる位置にある場合、あらかじめ抜歯が必要です。
 また、上顎の骨も切るような場合では出血が予想されるので、ウィルス等の他からの感染を防ぐため、自己輸血の準備を行います。これはあらかじめ自分の血液を何度かにわけて採取・保存しておき使用します。
これらの準備は期間がかかるため、術前矯正の期間に済ませておきます。また、あくまで各症例において必要な場合のみですので行わない場合もあります。

 では、術前矯正もほぼ完了し、手術の時が近づいてきたら、大学病院にてもう一度最終的な手術の詳細の説明を受け、実際の入院日や手術用の全身検査(血液検査や心電図等)の日取りを決めていただきます。
 当院の方でも、手術一ヶ月前に写真や歯型、顎運動などの検査を行い、手術後の下顎固定用のバイトプレートを製作します。これは手術で分割された骨を良い咬み合わせの位置で癒着させるために、顎の位置がずれないように上下の歯列の間に咬ませる薄いプラスチック製のプレートで、当院で製作したものを、手術時に大学病院でセットします。バイトプレートを咬ませた状態で、上下の歯に着いているマルチブラケットシステムのフックにゴムをかけて固定するわけです。(下図参照)このゴムをかける部分は通常のマルチブラケットシステムに装着するのですが、少しでっぱった形になり違和感があるので、できるだけ装着期間が短くなるように手術の直前(一週間程度前)に当院で装着します。

    

4.入院&手術
 いよいよ、手術です。患者さんと病院側の都合に合わせて手術日の3~1日前までに入院します。手術は全身麻酔で行われますので、術中は意識はありません。まずは骨に到達するために切開します。口の中の粘膜から切開していくので、顔の表面に傷が残る心配はありません。骨の切断には下顎前突の場合でもいろいろな方法がありますが、下図は現在、岡山大学でもっとも多く行われている方法です。骨をずらして重ねた部分は、あえて金属プレートなどによる固定は行いません。顎関節の部分が筋肉や周りの組織の自然な力で、安定する位置に収まるのを促すためです。また、シンプルな切断法なので、比較的手術時間が短くてすみますし(手術時間が短いほど、感染などの患者さんのリスクが軽減されます)、後の金属プレートの摘出手術も必要ありません。

術後1週間程度固定を行い、この間は口は開きませんので食事は点滴、または奥歯の後ろにチューブを通しての流動食になります。 その後バイトプレートをはずし、口を開ける練習を始めていきます。2週間程度で顔の腫れも引ききちんと咬めるようになります。トータル約三週間程度で退院です。

5.術後矯正
 退院後も開口訓練を続け、ある程度口が開くようになったら、当院へ来院していただきます。少し顎周りに痺れた感じが残る場合もありますが、次第に収まります。様子を見ながらマルチブラケットの調整を続けて術後矯正を行い、安定した咬み合わせになったら治療終了です。

<治療前>
<治療後>


今回紹介させていただいた症例は、下顎前突でしたが、外科手術は技術の進歩とともに様々なバリエーションがひろがりつつあります。
特に顎の成長が止まった成人の場合、通常の矯正治療のみでは、機能的審美的に満足のいく結果を出すのには限界があり、こうした新しい治療法が有効です。確かに入院や手術費といった患者さんの負担は少なくはないですが、手術のあと長年のコンプレックスから開放された喜びはそれまでの大変さを上回るようです。
もうずいぶん以前の患者さんですが、内気でこちらから話しかけても最低限の返事しか返ってこないような少年でしたが、手術の後初めて来院した際、それまで見たことのないような笑顔で話しかけてきてくれました。口元が変わっているせいもありましたが、何よりその雰囲気の違いに、一瞬 誰かわからず、きょとんとしてしまったという思い出があります。その後、治療も終了し、数年後、定期健診に訪れた彼は、なんと車の営業マンになっていました。かつての少年時代からは想像できない滑らかで朗らかな営業トークに、しみじみとこの仕事をやっていて良かったなあと思いました。まだまだ、外科手術や矯正治療自体に否定的な意見もありますが、歯並びや口元の外見が個人の性格に影響を及ぼすことは否定できない事実だと思います。もちろん、良い咬合わせが体の健康に良い影響をもたらしてくれることは言うまでもありませんね。

さて、外科矯正について少しわかってきたところで、それでも、「やっぱり手術は怖い~」と思われる方が多いのも事実です。来月は実際の症例の治療経過を見ながら説明していきましょう。